目次
この記事の目的
うつ病で障害年金を申請する際、最も重要なのは「日常生活能力の低下度合い」を記した医師の診断書です。
しかし、「普段は自分にとって普通になっていること」が、客観的にはできていない「困難な実態」であるため、診察中に医師へ適切に伝えるのは非常に難しいものです。
この記事では、あなたが準備した「生活の実態」を最大限に活かし、医師の診断書に反映させるための具体的な伝え方を解説します。
なぜ「リスト」を見せる必要があるのか?
医師は診察室での様子や医学的な症状の経過を見ていますが、患者の自宅での24時間を直接見ることはできません。
あなたが作成した具体的なリストは、医師が診断書の「日常生活能力の程度」欄や「現症」欄に、審査に必要な具体的な記述を加えやすくするための、客観的な情報源となります。
ポイント: 「つらい」ではなく、「何が」「どれくらいの頻度で」「誰の援助で」できているか、という事実を伝えることが重要です。
医師に渡すリストの「強化・調整ポイント」
以下の3点を意識してメモやリストを調整してから医師に渡しましょう。
ポイント①:頻度と期間を追記する
「できない」だけでなく、「いつから」「どれくらいの頻度で」それが起きているかを追記することで、症状の重篤度が客観的に伝わります。
悪い例
良い例(具体的な追記)
入浴はあまりとできていない
この1年間、入浴は家族から週に1~2回指摘されないとできない。
リストカットを繰り返してしまう。
昨年の入院後も、月に2~3回リストカットを繰り返してしまう。
ポイント②:援助者を明確にする
障害年金の審査では、「誰の、どのような援助によって」生活が維持されているかが重要です。援助している人や、その具体的な内容を明記しましょう。
悪い例
良い例(援助者の明記)
金銭管理は自信がない。
金銭管理はできず、母にクレジットカード、通帳、財布すべてを預けている。
通院は億劫でキャンセルしてしまうことがある。
通院は父の車の運転と付き添いがないと、パニック発作の不安で病院へ行けない。
ポイント③:診断書の項目を意識する
あなたのリストの項目を、診断書にある「日常生活能力の判定」項目に対応させることで、医師は参考にしやすくなります。
2. 診断書に反映させるための具体的な伝え方(項目別リスト)
ご自身が最も困難に感じている項目を中心に、以下の表現を参考に簡潔なメモとして医師に提示してください(必要に応じて、追記や訂正をしてご活用ください)。
医師提出用:日常生活能力の困難状況リスト
1. 食事について(意欲低下・準備能力・摂取状況)
- 食欲と摂取量の激しい変動
- 過食と拒食を繰り返しており、直近3ヶ月で体重が**○kg**も変動した。
- うつ状態がひどい時は、空腹感はあるものの、冷蔵庫を開ける気力さえ起きず、丸一日水だけで過ごすことがある。(週に○回程度)
- 調理・準備の能力の欠如
- 包丁を使う、火加減を見るといった複数の作業を同時に行うことが脳の疲労で不可能になった。
- インスタント食品や菓子パン、冷凍食品ばかり食べており、栄養バランスは崩壊している。
- 電子レンジのボタンを押すことすら億劫で、冷たいままの食品を食べることがある。
- 援助の必要性
- 家族が食事を用意し、「食べて」と声をかけ、箸を持たせてくれないと食べ始められないことがある。
- 固形物を飲み込むのがしんどく、ゼリー飲料しか受け付けない日がある。
2. 身辺の清潔保持(入浴・着替え・清掃)
- 入浴・保清の困難
- 「お風呂に入らなければ」と焦るが、身体が鉛のように重く、浴室まで移動できない。
- 結果として、夏場でも週に1回シャワーを浴びるのが限界。頭を洗う体力がなく、身体を流すだけで精一杯。
- 歯磨きはブラシを口に入れる感覚が不快で、週に1回程度しかできない。虫歯が増え、口臭も自分でもわかるほど悪化している。
- 着替え・整容の放棄
- 着替える気力がわかず、**入浴時以外は24時間同じ服(またはパジャマ)**で過ごしている。下着を数日間替えられないこともザラにある。
- 髭を剃る、髪をとかすなどの身だしなみを整える行為は一切できていない。
- 住環境の悪化
- 部屋の床はペットボトルやゴミ袋で埋め尽くされ、足の踏み場がない。
- 食べ残しが腐敗して異臭がしても、それを片付ける判断力と行動力が湧かない。
- (援助:家族が月に数回、強制的に掃除に入らないとゴミ屋敷状態になる。)
3. 金銭管理・買い物(認知機能・衝動性)
- 金銭管理能力の喪失
- 手元にお金があると、後先を考えずに通販で不要な健康器具や趣味のものを衝動的に大量購入してしまい、数十万円の借金を作りかけたことがある。
- 公共料金の支払用紙が届いても、封筒を開けるのが怖くて放置し、電気やガスが止まったことがある。
- 現在はクレジットカード、通帳、印鑑、財布のすべてを家族に預け、必要な時に数百円単位で渡してもらっている。
- 買い物の困難
- スーパーに入ると、照明の明るさや人の多さでパニックになりかけ、何も買わずに逃げ帰ることがある。
- レジで小銭を計算することができず、また店員と話すのが怖いため、セルフレジがない店には入れない。
- 冷蔵庫が空っぽになっても、空腹より外出の恐怖が勝り、買いに行けない。
4. 通院・服薬管理(コンプライアンス・移動能力)
- 服薬管理の依存
- 薬のシートから出す作業が億劫で、枕元に薬があっても飲まずに放置してしまう。
- 「飲んだつもり」で飲んでいなかったり、逆に飲んだことを忘れて過量服薬したりするため、現在は家族が1回分ずつ手渡しして確認している。
- 通院の困難
- 通院日の数日前から「行かなければならない」というプレッシャーで不眠や腹痛が起きる。
- 一人で公共交通機関に乗ることができず(閉所恐怖・予期不安)、必ず家族の車での送迎と待合室での付き添いが必要。
- 診察が終わると極度の疲労で、帰宅後すぐに寝込んでしまう。
5. 身辺の安全保持・危機対応(希死念慮・自傷・不注意)
- 希死念慮と自傷行為
- 「死にたい」というより「消えてなくなりたい」という感覚が常にあり、ふとした瞬間に具体的な自殺計画(場所や手段)を考えてしまう。
- 不安が高まると、無意識のうちに自分の腕を噛んだり、リストカットをしたり、壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為を行ってしまう。(週に○回)
- 危険予知能力の欠如
- 注意力が散漫で、ガスコンロの火をつけたまま忘れて鍋を焦がすボヤ騒ぎを何度か起こしている。
- 赤信号を認識できず、ぼーっとしたまま交差点に進入しかけたことがあり、一人での外出は危険で止められている。
- 災害時、サイレンが鳴っても身体が動かず、避難行動をとる自信が全くない。
6. 他者との意思伝達・対人関係(孤立・意思疎通)
- 極度の対人恐怖と引きこもり
- 家族と主治医以外の人とは半年以上、会話をしていない。
- 宅配便のインターホンが鳴るだけで心臓が激しく動き、恐怖で居留守を使ってしまう。
- 外出時はマスクと帽子で顔を完全に隠し、下を向いて歩かないと、他人の視線が突き刺さるようで怖い。
- コミュニケーション能力の低下
- 話しかけられても、言葉が頭に入ってこず、返答するまでに長い時間がかかる(思考制止)。
- 自分の気持ちを言葉にするのが難しく、質問されると黙り込むか、パニックになって泣き出してしまうことがある。
- 電話に出ることもかけることも不可能。着信音を聞くだけで動悸がする。
7. 社会的手続き(実行機能・手続き能力)
- 手続きの遂行不能
- 役所からの書類(年金、税金、保険など)の内容を読んでも、文字が滑って頭に入ってこず、理解できない。
- 書類に名前や住所を書こうとしても、手が震えたり、何を書けばいいか分からなくなったりして記入できない。
- 対人折衝の不能
- 役所の窓口で説明を聞いても、すぐに理解できず、何度も聞き返すことが申し訳なくて「わかりました」と言ってしまい、結局手続きができない。
- 手続きのために外出すること自体がハードルが高すぎ、すべて家族に代理で行ってもらっている。
- 一人暮らしをした場合、更新手続きなどが一切できず、ライフラインが止まり、行政サービスも受けられなくなるのが確実である。
8. その他(著しく適正を欠く行動・精神症状・異常行動)
- 幻覚・妄想状態
- 「お前はダメな人間だ」「死ね」という幻聴が聞こえ、それに反応して独り言を言ったり、耳をふさいでうずくまったりすることがある。
- 「近所の人が自分の悪口を言っている」「監視されている」という被害妄想があり、雨戸を閉め切って生活している。
- 解離・記憶障害・徘徊
- 強いストレスを感じると意識が飛び、気づいたら知らない公園に座っていたり、数時間の記憶が完全に抜け落ちていることがある(解離症状)。
- 夜中にふらふらと外に出てしまい、警察に保護されたことがある(徘徊)。
- 自分が誰なのか、ここがどこなのか一瞬わからなくなる感覚に襲われる。
- 強迫症状・衝動行為
- 「手が汚れている」という観念に支配され、皮膚がただれるまで1日何十回も手洗いを繰り返す。
- 鍵やガスの元栓を閉めたか不安で、外出前に1時間以上確認作業を繰り返し、結局外出できなくなる。
- イライラが爆発すると制御できず、壁を殴って穴を開けたり、物を投げたりしてしまうが、その後激しい自己嫌悪に陥る。
3. 診察時の「伝え方」アクション
イメージがつきやすい様に具体的なアクション案を記載します。以下の手順で医師に依頼してください。
- 「先生、診察室では緊張してうまく話せないことが多いので、自宅での状態や、家族に助けてもらっていることを具体的に書き出してきました。」と切り出す。
- 「自分では”普通”だと思っていることでも、客観的に見るとできていないことが多く、診断書作成の参考にしていただけると嬉しいです。」と、リストを作成した理由を伝える。
- 特に「家族の援助がなければできないこと」を口頭で再度強調する。
これをするだけで、医師の診断書に「生活能力の低下」が反映され、適切な等級に認定される可能性が格段に高まります。
障害年金の申請内容は個別性が非常に高いため、正確さを期すためには専門家による内容確認が推奨されます。必要な方は、障害年金に詳しい社労士にご相談ください。
執筆者情報
氏名(社労士名):野口幸哉
所属:東京・埼玉精神疾患障害年金ネット
資格:社会保険労務士
専門領域:障害年金、精神疾患に関するサポート業務
実務経験:10年以上、申請代行800件以上
プロフィールページはこちら → https://lin.ee/N7Xm2sR
監修
監修者:野口幸哉(社会保険労務士)
※本記事は専門家による内容確認(ファクトチェック)を経て公開しています。